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続・甦る惑星
惑星ラウル生命体の戦い

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 (1)

 この世に存在するすべてのものに終りがある。
 地球の生物は、必ず死をむかえる。
 ある星に、ある生物が存在すると仮定しても、生があるところ死は存在する。
 地球もいつかは亡びる。太陽に呑みこまれて。それ以前に地上の生命は消滅する。
 太陽は天の川と同じ銀河に属している。
 天の川は巨大な銀河である。
 巨大な銀河の中心には、ブラックホールが存在する。
 ブラックホールとは巨大な質量と密度を有している。もの凄く巨大な引力を持っている。
 その引力の強さは、周辺に存在する、ありとあらゆる物質を引き付け吸い込む。
 星はもちろん光すら吸い込む。
 ・・・想像をより逞しくすれば・・・・
 あらゆる物質を取り込みながら、質量と密度と引力を増加し続けている。
 やがて、存在するすべての物質を吸い込み、天の川銀河から、星が消えてゆく。遠い遠い未来のことである。
 
 宇宙に存在する全ての巨大銀河がブラックホール化する。
 ブラックホール化した巨大銀河は、より小さな銀河を飲み込んでゆく。
 やがて・・・・・・・・・・・・・
 だが宇宙は消滅しない。
 巨大なブラックホールは、自ら内蔵する巨大過ぎるエネルギーのため、新たな変化をとげて、新たな宇宙がまた生まれる。
 これがこの世のことわりである。

 個々の人間の死は、永遠の意識の暗闇に落ち込むことで、ブラックホールへ吸い込まれる星と似ている。
 そこには、甦る個人的な宇宙は存在しない。
 死は甦ることの無い、人生のブラックホールに吸い込まれた、星と同様である。
 人は一人一人の死に対して、真摯でなければならない。
 真正面から死に対自しよう。逃げることは許されない。
 死に向かうとき人間はその意義を問う。多くの場合バランスを考える。
 個人は誰もがブラックホールに向かう。
 そして、新たな生命の星が誕生する。
 生物の宿命である。


 ソンブレロ銀河の太陽ベルガには21個の惑星があった。
 その中の一つの惑星シグには知的生物が住んでいた。
 シグは多くの国に分割され、それぞれが独自の文化を持っていた。
 シューは最強国であった。とりわけ科学力・軍事力および国土の広さ・豊かさにおいて突出していた。
 
 シグは小さな星である。資源には限りがある。
 エネルギーには総量不滅の法則がある。
 エネルギー総量は変わらないとしても、その形態は変化する。分子や化合物は利用し難いものへと変化し、放射性原子はより扱い難い放射性物質となる。
 化石性エネルギーは、大気や気温を変える。
 地下に埋没されていた太古のエネルギーが解放されて、太古の時代同様の大気に変える。気温も変える。
 シグは現世の生物にとって住みにくい星になっていった。
 シグ人にとって使いやすい有用なエネルギーは、しだいに減少していった。
 彼らは活路を求めて多くのテーマに取り組んだ。
 そのうちの一つが”宇宙へ、あるいは宇宙から”であった。


 (2)

 惑星ラウルの生態系はシグのそれとは大いに異なっていた。
 まず生体の基盤である水そのものが異なっていた。
 シグの水は地球と同じH2Oであるが、ラウルの水はNxCyH2Oである。この場合xyは整数とは限らない。
 ラウルの水、ラウ水はH2Oに窒素(N)と炭素(C)が結合した分子なのである。化学構造は複雑微妙であるが、普段は安定である。
 ラウルの生物体内の水もラウ水である。
 
 ラウ水の成立には複雑で永い歴史がある。太古の時代、ラウルにもシグと同様の文明があった。その時代の水はH2Oであった。
 ラウルの文明は、化石エネルギーを使い果たした。また放射性エネルギーは使いすぎて、コントロールすら出来なくなった。大気中は炭素と窒素を含む放射能に汚染されたガスが充満した。
 気候は変動し、ほとんどの生命は死に絶えた。
 知的生物の末路は、多くの場合において、似ているかも知れない。
 永い歴史が流れ、突然変異をを繰り替えし、変化してゆく環境に対応した、ある種の生物が生き残った。
 生物はさらに永い時を経て、彼らだけの完全な生態系を造り上げた。それは生態系を乱すものの存在を許さない生態系であった。
 それが、多数の生物種が存在する緑の惑星ラウルである。
 大気は浄化されていた。空気はシグと近似して、シグ人の生存に問題はない。
 
 彼らはある意味でシグの大先輩でもある。


 ベルガ太陽系の惑星シグ人は、比較的近い惑星ラウルに、彼らの夢と希望をつなごうとした。
 二つの惑星の悲劇はここから始まったのである。
 
 シグ歴XX14年、シュー人はラウルに小形の有人宇宙船を送り込んだ。無人探査機等で十分な調査をし、安全性に問題がないと判断した後の行動であった。
 全シグ人の注目する中、ラウルの地上に降り立った三人の宇宙飛行士、うち一人は宇宙船に戻り待機する。
 二人は探索に向かう。
 緑の茂みに入る。小形カメラが二人の周辺を写し出し、シグのテレビジョンに送信する。一人が植物らしい緑を幾種か切り取り、採取する。小さな岩石や土を採る。
 全世界のシグ人が固唾を呑んで見守る中、突然映像が途絶えた。
 待機した宇宙飛行士が原因不明を伝える。混乱の発端であった。
 当事国シューの当局は慎重に対応した。自動テレビカメラを設置し、最後に残った飛行士を捜索に向けた。二人が消えた茂みの前まで行動し、二人を待った。だが二人はついに戻らなかった。そして一人の宇宙飛行士だけがシグへ帰還した。
 
 その後、より慎重に綿密にラウルの調査が進められた。精密な分析能力を備えた人工衛星がラウルを回り、観察し、分析する。
 結果、導かれた結論は次のようなものであった。
 
 ”二人はラウルの生物に抹殺された。
 ラウルに肉食生物はいない。
 生物採取に対して異様な抵抗反応を示す”
 であった。
 
 問題はこの”異様な抵抗反応”であった。
 ラウルの生物種は動物と植物と微生物であるが、この三種類に分類し難い生態があり、可逆的に動くようなのだ。
 三種類の多様な生体が時には融合を行い、また分離する。個々の細胞、それ自身が激しく行動する。それは化学反応に類似する。
 異様な抵抗反応は、外界からの侵入者に対してのみ起こりうるらしい。
 そして、侵入者を抹殺する。
 
 動物は植物を食べ、微生物は動物の糞や屍骸を分解する。
 植物は微生物の分解した動物の糞や屍骸を栄養源として育つ。
 ラウルの完全な生態系はそれを維持する法則によって成り立っていた。
 
 シグ人がラウルで活動をするためには、この生態系を壊す必要がある。
 
 シグ人のとった行動は、まず一部の地域に特定区を造り、徐々に自分達の領域を広げてゆこうとするものであった。
 XX16年、10人規模のドームを、生物の存在しない砂漠地帯に建設した。
 作業は順調に運び、10人のシュー人が駐留した。全員、男性である。
 ラウ水を掘り起こし分解し、水を造った。
 この砂漠の地下のラウ水にも、生物はいなかった。このラウ水の一部はシグの研究機関に持ち帰られた。
 砂漠を耕し、数種の野菜を作った。
 シグの家畜が育つことも確認した。
 全てが順調であり、一年が経過していった。
 ラウルはシグ人にとって、実現可能な、大きな希望へと、変化して行った。
 
 狭い畑に伸びた野菜が花を咲かせた。持ち込んだ蝶の卵が孵化し、葉を食べて成長した。羽化し蝶となる。
 黄色い蝶が舞い、故里から、はるか遠く離れて暮らすシグ人達を喜ばせた。
 将来の、のどかな田園風景を期待させる光景であった。
 
 しかし、悲劇は突然起こり、一瞬の間に終結した。
 
 花粉が砂漠を越えて、ラウル生物の生息地へ飛散し、一匹の蝶がラウルの草原に舞い降りた。
 彼らは、異種生物の到来に励起し、ただちに警戒態勢をとった。
 結果は迅速だった。蝶は言うに及ばず、一個の花粉に至るまで完全に消滅させられた。そして、その飛来方向に狙いをつけて、シグ人居在地を発見した。
 彼らは細胞の霧となってドーム外部のシグ生物を襲い抹殺消滅する。一方、破壊獣と化し、ドームを破壊し消滅した。居留していた10人のシグ人は抵抗する間もなく消し去られた。
 恐るべしラウルの生物。
 シグ人に、激しい脅威をもたらした。
 この居留計画を立案した当局に非難が集中した。
 計画は再び練り直された。
 
 ”シグでは、放射性廃棄物の廃棄場所が飽和し、既に限度を超えている。現状では、豊さが無い。豊な未来も無い。
 ラウルには、未だ無限の豊かさと未来がある。
 しかし、シグ人がラウルに移住するには、@ラウルの生物生態に全く触れてはならない。Aラウルの生物を完全に抹殺しなければならない。の、どちらかを選らばねばならない”

 @は不可能であろう。
 Aも不可能に思われる。
 ラウルへのテーマはこの二つに絞られた。
 そして数年が経過した。
 
 ある日、ラウ水を保管していた研究機関で、この水を分析し、分子構造を調べていた若い研究者が嘆いていた。
 「誰かがラウ水を捨てたらしい。この容器の中にあるのは、ただの水だ。ラウ水を捨てて、かわりに水を入れたのだ」 困った青年は上部に報告した。捨てた犯人の調査が始まった。
 この研究機関は国家機密を扱う機関である。不審者の侵入は不可能であった。
 疑われたのは、むしろ若い研究者自身であった。彼の名はセラ、もちろん身に覚えの無いことである。
 不審者がいないとなると、考えられることはただ一つ、水そのものに問題がある。
 セラは容器にある水を、最新式のアナライザー(分析器)を使って綿密に調べた。そして、シグの水と異なるわずかの差を突き止めた。それは、この水中に含まれる空気の中に、シグの水に含まれる空気よりも窒素(N2)と炭素(C)が多いということだった。
 ラウ水は、なんらかの作用によって分解していたのであった。そしてN2とCを分離した。
 一部のN2とCは、空気中に飛散することなく水中に残存していたのである。
 これは重大な意味を持っていた。
 ラウルの生物体は全て、ラウ水で潤っている。
 ラウルの生物体のラウ水(NxCyH2O)を、水(H2O)に変えれればラウルの生物は死滅するはずである。
 
 セラの報告をかわきりに、ラウ水を水に変える研究が検討され始めた。
 多量のラウ水が、ラウルの生物に知られぬように、砂漠地帯からシグに運ばれた。
 ラウ水は無菌状態で保管され、研究機関にもたらされた。
 電気分解や放射線照射、種々な化学薬品による反応等が試された。いろいろな方法が発見された。そして実用的な方法がさらに検討されていった。
 
 セラには先に、いつのまにか水に変化していた過程が気になっていた。その点の調査を受持った。
 彼はそのとき生成された水を何度も何度も調べた。
 ラウ水と比較した。
 そして、此処の、ラウ水の置かれた環境が、”ラウルと決定的に異なる”ことに気づいた。
 その一つは、惑星シグの大気であった。
 含まれる埃(ほこり)は、浄化されたラウルの大気と決定的に異なっていた。
 彼は、自分自身の研究室の空気を採取し、培養した。多くの微生物が確認された。
 その一つ一つをラウ水に混入した。数種のカビ菌に効果が見られた。
 特にカビ菌Bは効果的であった。微量、ラウ水に混入するだけで、すみやかに水に変えてゆく。カビ菌の出す酵素の作用であった。
 「これだ!」 と、セラは指を鳴らした。
 「このカビを、惑星ラウルにバラマケばいい!」 彼は機関の上部に報告した。
 そして、カビBに関しての、本格的にして徹底的な調査と研究がスタートした。それはシグ人の命運を賭けたものだった。結果は希望に満ちたものと結論付けられた。カビBは人畜無害で、大量生産可能であった。
 しかも、ラウ水を食べて育つ、ラウ水で繁殖する。
 さらに多量のラウ水がシグに持ち込まれた。
 多量のカビ菌Bが培養され、多数のカプセル弾に詰められた。

 惑星ラウルの生物を完全に抹殺し、この世から完璧に駆追する大計画であった。
 この計画は秘密裏に進められた。その理由は、一部の生物学者や生物愛護団体を中心とした世論の反対を避けるためであった。


 (3)

 XX20年、カビ菌Bの詰められた、カプセル弾が、ラウルのあらゆる地域を網羅して、いっせいに撃ち込まれた。
 カプセルは破裂し、カビBは惑星ラウルの大気を被いつくした。
 生体、非生体を問わず、ラウ水の存在するところを攻撃し、かび菌Bは増殖していった。

 ラウルをまわるシグの人工衛星は、その変化を時々刻々とスキャンし、シグの当局へ送信する。
 
 ラウ水は急激に消滅してゆく。
 ラウルの生物は分解し、死に絶え、消滅してゆく。
 地球時間にして一ヶ月が経過した。
 その中で一つ、不思議な現象が当局へ送られてきた。
 それは、これまで知られていたラウルの生物とは異なった生物が、ラウルに存在すると言うことであった。
 生物学者は、その生物を、豊富な栄養を得て成長し、異体化したカビBのキノコであると結論づけた。

 三ヵ月後、海や河川、湖沼はもちろんのこと、地下水にいたるまで、ラウルからラウ水は完全に消滅した。
 ラウルのネイテブ生物も消え去った。
 
 シグ人の居住計画が本格化していった。
 多くの有用な、植物種と動物種が移された。微生物も。
 慎重に、計画的に、新天地の創造が開始されてゆく。
 すべては希望に満ち溢れてゆく。

 カビ菌Bによるキノコは、栄養に満ちた食料源であることが確認された。
 シグからの移住者は増えていった。
 
 そんなある日、最初にドームを建設し、悲劇に遭遇した砂漠に近い、巨大化したキノコ林の中から、現われたものがある。
 裸体のシグ人である。
 彼は自ら名のった。
 「私は、フラ−です。フロンテアのメンバーです」
 フロンテアとは、最初に砂漠で生活した10人のことである。彼らは全員、ラウル生物の攻撃を受けて、死亡消滅したはずであった。
 多くの知人がフラ−を確認した。全シグ人に驚きが走った。
 しかし衝撃は、それだけで終わらなかった。次々と行方不明のシグ人が、姿を現してきたのである。彼らは一様に裸体のままであった。不明当時に身に付けていた衣服をまとっている者は一人もいなかった。
 姿を現したシグ人は全部で12人、ラウルで行方不明になった惑星シグのシュー人全員であった。
 彼らは不明直後からの記憶を失い、気がついたときは、裸体でキノコの林にいた、と言う。

 彼らについて、シグの学者は次ぎのように結論づけた。
 
 @ラウル生物の攻撃によって、彼らのからだは、バラバラに、細胞にまで分解させられた。そしてラウルの細胞生物に取り込まれた。一つの細胞が一つの細胞に取り込まれた。取り込まれた細胞は栄養源とはならない。
 A取り込んだラウル生物の細胞単位は二つの細胞を持つ事となった。
 Bカビ菌Bの攻撃を受けたこの細胞は防ぎょ体制をとる。
 C同じ遺伝子を持つシグ人細胞を取り込んだ細胞は集合し、秩序にしたがって固まる。
 D集合した細胞から、ラウル生物の細胞が死滅する。
 Eシグ人が復活する。

 この推論を証明するため、彼ら全員が惑星シグへ移送されることとなった。
 移送された先の一つは、カビ菌Bの効用を発見した研究員セラの勤める、あの研究機関であった。
 そこには、未だに多量のラウ水も保存されている。


 「やあ!フラー、君か!」 
 「俺だよ、セラ」       
 二人は友人同士であった。セラの研究室、椅子にかけながら話がつづく。
 「奇跡の生還だな」 
 「まったくだ、色々聞かれるが、俺にはさっぱりだ。わけが分からないよ」 フラーは頭を掻きながら、照れくさそうに言う。
 「体調はどうだ?」
 「普通だ。ソリオとシレが医療機関へ連れて行かれた。ところで、この室内も湿っぽいな、やはりカビで満たされているのか?」
 「そうなんだ。ラウル生物防禦システムだと考えてくれ。しばらくは、がまんしてくれよ」
 「そうだろうな。どうやってカビBを見つけたんだ?きみはシグの歴史上最大の英雄だぜ」
 「それは、こうだ」 セラは嬉しそうに、得意げにカビ菌B発見の経過や、シグ生物絶滅にいたる経過を話した。
 「ラウ水がなければラウル生物は生存できない。そのラウ水も、もはやラウルには無い。あるのはシグに保存されている僅かだけだ。もちろん合成は可能だが」
 「この機関にもラウ水はあるのだろう?」 フラーが興味深げに聞く。
 「もちろん、あるさ。」 
 「見てみたいな」 
 「あの、廊下の奥の部屋にある。カビの無い無菌室だ。しかも関係者以外は入室禁止だ。たとえ君であってもね」
 「そうか、それは残念だ」 
 「サンプル程度なら、そこにあるがね」 セラはガラス戸棚の中に置かれている1リットルの、密閉ガラス容器を指さした。
 「なるほど、これだな、外見は水とそっくりなんだ」
 「君がラウルで扱ったものさ」
 「ところで、俺はここで何を調べられるんだね」 フラーが聞く。
 セラが答える。
 「君の血液を調べたい。なに、医療機関で調べるのとは別のものさ。窒素と炭素の含有量を見てみたい。検査は明日だ。今日は美味いものを用意するから、ゆっくりくつろいでくれ。ただしカビ臭いがこの建物からは出られないよ」
 「了解した。ラウルでの食事には飽きていたんだ」 
 「君の部屋を案内するよ」
 セラはフラーを連れて、研究室に近い居室に行く。
 「テレビもある。用があれば、警備員に電話で連絡もとれる。それから、これは携帯電話キだ、ぼくにも直接連絡できる。じゃー、ぼくは帰宅するよ。明日の朝8時には来るので、それまでさようならだ。食事は、もうすぐくるはずだ」 
 「ありがとう」 フラーがこたえ、二人は分かれた。


(4)

 セラの寝室。
 電話のベルが鳴る。目覚めたセラが時計を見る。まだ深夜の2時である。「誰だこんな時間にかけてくるやつは」 彼は電話キをとった。
 「セラ!さよならだ!、ここへ来るな!逃げろ」 フラーの声である。
 「どうした!フラー。なにが起こったんだ!」
 「簡単に言う!やつらは生きている。俺のからだの中に。深夜に眠った俺の脳を支配し、サンプル入りの、ラウ水容器を破壊した。俺の片腕は消え、霧状になって、ラウ水貯蔵室へ向かっている。起きている俺の脳も、もうすぐ支配される」
 「カビ菌Bは?彼らは動けないはずだ」 セラには信じられない。
 「彼らは、俺たちシグ人の細胞と結合して、カビ菌Bへの耐性ができているのだ。ラウ水で増殖するぞ!シグにある、すべてのラウ水を、今すぐ水に分解しろ!・・・霧が、やつらがやってきた!・・」 声が途切れた。
 「フラー!おい、フラー!」 呼びかけに返事は無い。
 激しいショック、しかし行動は敏速でなければならぬ。
 セラはラウ水を保管する全機関に連絡をとった。「ラウ水を分解しろ!」 と、そしてカビB耐性のできたラウル生物の存在と脅威を。
 
 惑星シグに、ラウ水保管機関を中心に衝撃が広がる。
 ただちにラウ水の処分が実行された。ラウル生物の増殖は抑えられねばならぬ。
 他機関に配分されていた11人は奥深い位置で厳重に密閉された。
 しかし、セラの勤める研究機関周辺では、未曾有のパニックが生じてきた。
 
 送電、送エネルギーはストップした。
 内部との連絡は不能となっていた。フラーと当直の研究者二人と警備員二人、計五人が連絡不能となった。
 やがて周辺の住民は遠方への避難行で大混雑、時間が経過しても、有効な対策は何一つ打つ出せなかった。
 そんな中、一週間、二週間、一ヶ月が経過した。
 研究機関からは、外部に向かって発する、何の動きも無い。
 ある日、セラ一人、意を決して、ひそかに、研究機関に近づいた。中の様子を知りたいためである。
 壁際に近づく、低く、ゴーと一定の音がしている。
 「緊急用の自家発電機が動いている」 セラにはすぐ理解できた。
 窓から室内を覗いてゆく。
 警備員室、事務所、誰もいない。
 応接室、一人の男がいた。フラーである。以前より痩せている。
 セラに気づき、片手をあげる。両腕がある。


 当局はセラがいなくなったことに気づいた。彼がどこへ行ったのか、出かける姿を見たものはなかった。彼は突然消えてしまったのである。家族にも関係機関にも、彼の行く先は解らなかった。
 一週間後、彼は戻ってきた。彼は発言した。
 「私は研究機関へ行っていた。危険なラウル生物は、もはや存在しない。二人の研究員と警備員とフラーは無事に生きている」
 「これまで一ヶ月と一週間余り、彼らやあなたは何をしていたのか?」 報道機関が質問する。
 「ラウル生物と対話してきた。彼らラウル生物は完全に身を引いた。もはや危険性はない」 噛み締めるようにセラは言う。
 「その根拠はなんですか?解るように説明してください」 当然の疑問を聞く。
 「説明は不可能です。しかし、やがて、理解されるようになります」 セラは答える。
 「私は医療機関の者です。ラウルのキノコ林から生還した人達の身体を検査した責任者ですが、彼らに、全く異常は発見されませんでした。この惑星シグに、ラウル生物は存在しないと思われます」 発言者は医療局長のレイである。
 「フラーの発言は?どう解釈するのですか?」 報道記者が聞く。
 「彼は何も覚えていない。夢遊状態だったのでしょう」 口元に、確信を込めてセラは言った。


 疑いと混乱、全シグ人が揺れたが、時を経て揺れの振幅はしだいに小さくなっていった。

 やがて、惑星シグの世界は正常に戻った。
 しかし一つだけ、特徴的な変化があった。
 シグとラウルの往来が停止されたのである。
 一方的に、シグからの通告であった。
 ラウルに渡ったシグ人達は驚いた。理由を聞いたが納得できる回答はえられなかった。
 しかたなく、今やラウル人となった、シグからの移住者は、新天地で、彼らだけのユートピアの建設に取り組んでいった。シグから持ち込んだ多くの植物はラウルの大地に根付き、家畜や愛玩動物や鳥や魚も繁殖していった。
 移住者達は、病める惑星シグに残した家族を呼び寄せたかった。
 しかし、現状は不可能であった。
 
 XX35年、シグの科学を継承するラウル人の技術力は整っていった。シグに関する様々な情報を傍受し且つ取得しうる状態に成っていった。交信はもちろん可能であった。
 シグではセラとフラーが科学と政治に重要な地位を占めるように成っていた。
 
 ラウルからの、人的往来の要求は強く、止まる事も無い。
 遂にある日、 ラウル人の代表カルフは、交信相手であるフラーに通告した。
 「我々は、宇宙船でシグに乗り入れる。理由の曖昧な、往来禁止令はもはや我慢出来ない。場合によっては戦闘も辞さない」 と。
 「待て!」 フラーは強く言った。「近日中に返事をする。それまで待つんだ。これを無視すれば軌道上で宇宙船を破壊する!」 と。
 「納得出来る返事を期待する」 もとより、戦闘を避けたいカルフは答える。「今度こそ、良い回答をしてくれ、争いをさけるためにも」
 そして数日が過ぎていった。フラーからの長文の返信がカルフに入った。驚くべき内容がそこにあった。


(5)

 惑星ラウルの代表者 カルフ殿

 往来禁止令を発してから15年が経過しました。もはやこの問題を、曖昧なままにし続けることが不可能になっていることを実感します。よってその理由を明らかにいたします。これは全シグ人の同意を得た上での内容と理解してください。
 あなた方ラウル人が、故郷であるシグへ帰郷往来したい気持ちは自然であり、十二分に理解されることは論を問いません。
 では何故往来を禁止せねばならなかったのか?その理由は?
 結論を申しますと、今やラウル人となった、あなた方シグ人の純粋な血を守るためです。
 15年前、私を含めて12人のシグ人が、カビ菌Bによって、キノコの惑星と化したキノコ林の中から発見されました。そして彼らはシグに帰還しました。
 シグでの検査で”彼らは異常が無かった”とされています。
 異常は有りました。
 私自身、シグに帰還してセラの勤める研究機関に着いた後、その夜の深夜に気づいたのです。ラウル生物が、私の体内で生きていることに。
 彼らはラウ水に反応し、活動を始めました。
 しかし彼らは悟ったのです。もはやラウ水が用をなさないことを。さらに、
 カビ菌Bによって、彼らの細胞は、シグ人に同化してのみ生き延びられる存在になってしまったことを。
 彼らは、私に話しかけてくるようになりました。私の中から、私に話しかけてくるのです。これは自問自答と似ています。
 これが無ければ、シグ人である私フラーは、残りの11人と共に死を選んで、例えば燃え盛る炎に身を投じたかも知れません。
 自問自答に似た会話はおおむね以下のような内容でした。
 --------------
 「シグ人は我々ラウル生物を滅ぼした。シグ人の一方的な暴挙である。君はこれをどう思うのか?」
 「シグ人はラウル生物が知的存在だと理解していなかった」 
 「我々には、シグ人のような知性は不必要である。今は君に同化しているから、君と同様の知性が使える。シグ人は知性がない生物は滅ぼしても構わないと考えるのか?」
 「シグには我々シグ人以外に知的生物はいない。残念ながらシグ人は、都合の良いように他の生物を利用してきた。実際は生態系を破壊しつつあり、コントロール出来ていないのが実情だ。生物連鎖、生態系が極めて大切であることに気づいてはいるが一般的には浸透せず、実効は上がらない。惑星シグの実情は、環境・エネルギー・食料などで行き詰まった、シグ人はここを脱出することを試みたのだ。その対象が惑星ラウルだったのだ」
 「ラウル生物にとっては大変なめいわくだ。君たちは、決して許す事の出来ない犯罪を犯したのだ」
 私の中のラウル生命体は怒りと悲しみに満ちていた。
 私は何一つ返答できなかった。
 ラウル生命体は私に語る。
 「我々の細胞は永い永い歴史を経て進化した。そして満足すべき現状を得ていたのだ。野蛮な生物のシグ人がそれを破壊した。我々は野蛮なシグ人達をこのままにしておくべきでないと考える」
 「どうしようもない」 私は半ばヤケッパチに答える。
 「ヤケになる必要はない」 ラウル生物は応じる。「君は選べば好いのだ。現状の延長線上のシグか、あるいは理想郷のシグを選ぶのかを」
 「当然、理想郷をえらぶ」 私フラーは即座に答えた。
 「それならば、我々を受け入れなさい。我々は、環境・エネルギー・食料などで行き詰まって亡びた前世紀のラウル人とラウル生物の苦しみを系承するものだ。我々の細胞の中に、そこを生き抜いた知恵が凝集されている」
 
 私は悩んだ。
 
 ラウル生命体の細胞を受け入れると言うことは、惑星シグの生態系バランスを彼らにまかせることである。
 あらゆるシグ人の生命に、彼らの細胞が組み込まれることである。
 既存のシグ人が変化し、消え去ることでもある。
 
 さらにもう一つの重要な問題がある。
 キノコ林から生還した12人に同化したラウル生命体細胞、彼らはシグ人の細胞で増殖する。
 私の体内の彼らは、今のところおとなしい。しかし彼らがその気になれば、彼らの細胞はシグ人へ拡散する。それを止めることが可能なのか。
 私の中で彼らは、常に私の思考をも監視し、その思考過程を熟知しているかもしれないのだ。

 このままではシグの未来は無い。私は自分の中のラウル生物に質問した。
 「我々はどうなるのだ?君たちの言いなりか?」 
 「そうではない。これまでとほとんど変わらない。生態系を危うくする行為に対してのみ、我々ラウル細胞の思考が働き、シグ人の行動をコントロールする。それに加えて、我々の細胞を同化したシグ人は、放射能や悪環境にも強くなる」
 「そうか・・・」 
 私の心は大きく揺れました。
 
 極めて困難と思われるラウル生命細胞の除去。
 シグ環境対策の特効薬とも考えられるラウル細胞の同化。
 マイナス面があるとすれば、それはシグ生物独自の歴史を終わらせてしまうことでした。
 -------------------
 私フラーの心は、ラウル生命を受け入れる方向に傾きました。
 
 研究機関に閉じ込められたシグ人は、私を含めて五人いました。
 あの最初の深夜に、私の異常に気づいて、私の部屋に現われ、二人の研究者と二人の警備員が、気体化した私の腕の雰囲気にさらされてラウル細胞に感染しました。
 彼ら四人は、いずれも私同様に、自らの体内のラウル生命体と対話していました。
 結果、彼らの出した結論は、ほぼ私の出した結論とおなじでした。
 「ラウル生命を受け入れるしか方法がない」 でした。

 ”私達は如何に行動してゆけば良いのか。我々の意見に対してシグ人はどのように反応するのか。
 パニックが予想されるのでした。彼らラウル生命体は、今のところはおとなしい。
 その気になれば、彼らは気化し、シグ人に感染し、増殖する。彼らは私達の意志を尊重しているのであろうか”

 そんなある日、セラが現われました。
 驚き怪しむセラに私は全ての経過を話したのです。
 ラウル生命体細胞を内に持つ、私達五人とセラが一部屋に会し、何度も何度も話しあいました。そして結論が出ました。
 
 その結論とは、
 当分は黙って行こう。と言うことでした。そしてその間に、シグ全域の全シグ人に、ラウル細胞を感染させ、同化させてしまう。
 と言う計画でした。
 これがパニックを避け、シグ人の誇りを保って、シグの将来をよりよく展望する唯一の方法と結論づけたのです。
 
 ラウルの生命体も、我々の遺伝子細胞がなければ生きてゆけないのです。
 これは共存共栄でもあります。
 我々がラウル生物との共存を反対した場合、彼ら自身の生態系保存本能が、我々に良い影響を与えるとは思えない。
 積極的な共存策がベストであろう。
 
 そして15年前のセラの会見が行われたのです。

 11人は開放されました。
 それから一ヶ月、全シグ人がラウル生命体に感染し、細胞が同化しました。
 しかし、未だ、ほとんどのシグ人はそれを知りません。
 我々は、それを知らせる必要がないと判断しました。
 それから15年。
 新シグ人は、日増しに、経験豊な教養人の如くふるまいつつあります。自問自答して。
 住環境は目に見えて好転してまいりました。山河や海から、町々の通りからゴミや廃棄物が消えてゆきました。
 エネルギーや資源の使い方も極めて節度あるものとなりました。。

 しかしながら、ラウル人の代表者カルフ殿、
 あなた方、純粋なシグ人の血を引く人々には、シグ人だけの遺伝細胞による、理想郷を建設していただきたいのです。
 これが私達ラウル生命体と同化してしまった、新シグ人の願いです。
 ラウル生命体と同化してしまったシグ人は、滅び去った悲劇の生物種でもあるのです。

 以上で、往来禁止令の意味するところを理解していただきたく、送信いたします。
 あなた方がシグに来れば、間違いなく、ラウル生命体に感染いたします。

                                                    シグ連合対ラウル担当代表 フラー


 カルフは読み終わった後に建物を出た。
 夜であった。
 自然に満ち満ちたた景観の中に晴れわたった星空があった。
 細く伸び上がったソンブレロ銀河が、中天で広がり南西の空へ流れてゆく。
 銀河から離れた星や星雲も、濃くあるいは淡く、天空をおおい、それぞれが自己を主張している。
 南東の空にひときわ明るい星がある。
 惑星シグである。
 故郷の星である。
 彼はベンチに座した。
 ずいぶん永い間、その星を眺めていた。
 いつの間にか涙が頬をつたっていた。



                                 嘘空間記 続・甦る惑星 (完)           2003.12.29 

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