彷徨える宇宙人(サドン編)

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(序)

 地球から41000光年離れたM61銀河の惑星サドンに住むサドン人に、最初の悲劇が訪れたのは、地球西暦1926年に観測された、この銀河内の超新星の時である。
 超新星はすさまじい爆発光を伴い周囲を照らす。
 
 その爆発光は強烈な放射線を伴い、広大な周辺に多大な影響をもたらす。
 惑星サドンも例外ではない。
 
 中心で生じた強烈なエネルギーの放散は、惑星サドンに達するころには、弱まり、目に見えぬ、あわい放射線のみとなっていた。だが、この放射線は知的生物であるサドン人を変えたのである。
 この放射線は特異な粒子qを含んでいた。
 qは脳内細胞(ニューロン)の知的細胞部分に作用した。その部分の活動を止めてしまった。
 qを含む放射線(qレイ)を受けたサドン人の脳は、その知的活動を停止してしまったのである。
 
 一瞬の間に、大部分のサドン人達の知能は退化した。
 サドン人の世界は大混乱におちいった。ほとんどあらゆる機能が、事故と破壊と停止に向かって、短期間に突き進んでいった。
 
 知的活動が退化し、類人猿並みか、あるいはそれ以下になったサドン人には、組織的な動物生態も、にわかには生まれてこない。悲劇の中にさらに悲劇が次々と生じて、混乱はやがて頂点に達する。
 やがて、惑星サドンのサドン人は、年月を経て、彼ら独自の生態系を作り上げていった。
 主な住みかは、知的だったサドン人の残した廃墟であった。体毛の乏しい彼らには、暖をとるのに、この廃墟と、内部に備えられていた繊維製品が必要だったのである。
 ここに至り、人口は大幅に減少していた。
 事故と破壊と病気と飢えと争いと気候がその主な原因であった。

 極めて少数だが、qレイの照射から免れたサドン人達がいた。

(1)

 超新星生成の大爆発は一瞬。
 サドンに降り注いだqレイの照射はおよそ一週間。
 その間、地底深くで活動していた者もいた。
 
 彼らが、この照射を免れた。
 彼らの一部は、地底で通過してくる宇宙線を観察していた。
 彼らは地底で、地表の混乱を知った。急に途絶えた地表との交信がその発端であった。
 同時に宇宙線量とその種の、激しい変化を観測した。
 交信の断絶は地表だけでは無かった。比較的浅い地下でも生じていた。
 
 地上との通信系統に異常は無かった。
 人的異常が推測された。
 彼らは、慎重な行動をとった。

 彼らの居た宇宙線観測所は、深い地底から浅い地底へと、さらに地表の構造物へと、各所に観察拠点を備えていた。分厚い岩盤をえぐって造られた構造の観察施設であった。それぞれの地点で、そこまで到達する宇宙から来た素粒子を観察し記録していたのであった。
 
 標低(マイナス標高)150mの観測拠点の所員が、通信で身体の変調を訴えた。より下部の所員が対応した。
 訴えた男は、その行動が極めて不安定になっていた。正常と異常が混在し、そしてトータルとして異常であった。
 即座にその状況が、下部へ伝えられた。
 そしてすぐに、彼ら二人は下部へと下った。異常が上部にあること、危険が上部にあること、を察知していたからである。

 それより上部からの通信は無かった。
 彼らは異常の原因がqレイにあることを推測した。そして、それが収まるのを待って地上に出た。
 地上に残されたデーターは、身近な大爆発(超新星)を示唆していた。
 そして、彼らの仲間達の悲劇を目の当たりにしたのである。それは彼ら自身の悲劇であった。
 地上では、多くの設備や道具類が、まだ正常であった。
 まだまだ多くの食料があった。
 地下で難を逃れた所員達は、とりあえず自分達の住み家を、その宇宙線観測所に置いた。その理由の一つは、さらなる超新星爆発を懸念したからである。

(2)

 正常に残された所員達が行動をを開始した。
 まず、敷地の周りに簡単な、しかし退化人の侵入出来ない、バリケードを造った。
 一部の武器も確保した。
 次いで、中期的な食料の確保と交通手段の確保に向かった。さらに、衣料品・医薬品等多くのものが運び込まれた。
 当面の生活安定が確保されていった。

 ”他にも、生き残った人間がいるはずだ。対処していこう” 彼らの中での会話が具体化する時期がやってくる。
 残された所員は18名、男性15名・女性3名、であった。彼らに関するエピソードは後に記されるかも知れぬ。

 結果として、まず、各地で多数の地下勤務者の生存が確認された。
 その中には有能な人物が多くいた。否、ほぼ全員が有能であった。
 宇宙に関しての天文学者や物理学者が多いのは当然であった。
 加えて、メンテナンスを担当する工学の専門家や技術者、体調を管理する栄養・医学の専門家、通信技術の専門家も同様に多くいた。
 若い気鋭の者が大半を占めていたのである。
 
 彼らは、集まることを提案した。
 まとまった一つの共同体をつくることが重要であった。
 そして、宇宙線観測所の一つが存在する、大陸に近い島を選んだ。その名はペナ島であった。

 ペナ島は周囲が数キロの小さな島である。
 悲劇が起こるまで、家庭を持つ観測者は、その家族と共に暮らしていた。
 地下から出てきた観測者達は、より身近な悲劇に直面したのであった。

 ペナ島で、自治体が出来上がった。
 彼らが決めた、これからも彼らが決める、彼らの世界が生じていった。
 退化した家族達に対しては、特別な管理体制がとられていったのである。

 子供が生まれる。
 正常人、退化人を問わず。
 退化人はDNAにも異常を来たしていた。その子供も異常であった。
 この退化人のDNAも研究対象に取り上げられていった。正常人へ向かう糸口が見つかりつつあった。
 時は過ぎ、正常人の数も当初に比して、かなり増えていった。
 世代が次第に代わって行く。
 
 そして、35年が経過した。

(3)

 40000光年以上離れた地球の西暦1961年のことである。
 それは予期不可能であった。
 M61銀河の中心で、明るい光が観察されたと同時に間髪を置かずに、惑星サドンの地表へq粒子が降り注いだのであった。
 再び悲劇は繰り返された。
 今度も地下に潜っていた人のみが異常をを免れたのであった。
 正常に生き残った者達のショックはあまりにも大きかった。
 再興の支柱であった多くの人が、もはや役に立たぬ存在へと変化したのであった。
 残った正常者達は地上に出ることを恐れた。
 彼らの主たる生活拠点は地下200メートル以下へと限定されて行ったのである。
 
 以前にも増して苦難の時が続いた。
 主たる生活拠点が地下となっても、完全に地上と離れることは不可能である。遠い将来はいざ知らず、早期に地上から離れきることは不可能であった。
 食料の生産・確保、エネルギーの調達、資材の調達等の様々な地上での用事が不可欠であった。
 彼らは、必要最小限の人数で且つ順番制でそれを行った。
 もし地上活動中に超新星爆発のq粒子が降り注いだら、その時が彼らの知性の終焉である。
 
 そして3年後、地上活動中の彼らに終焉が訪れた。そのコロニーの数人が尊い犠牲者となった。地球西暦1964年であった。
 知性を有したまま生き残った地下生活のサドン人達の苦悩は増して行く。

 誰かが言った。
 「こんな星は、もう、いやだ!」
 「この星から脱出しよう!」
 「この銀河は不安定な星が多い、超新星爆発の発生が多い」
 「この銀河から離れるのだ!」
 「宇宙船を造れ!」
 
 真剣な討議が、この方向で為された。
 ”この星・サドンから脱出する。M61銀河系を脱出する” が結論であった。
 広大な宇宙を移動し、理想の星を探す。
 いつ果てるとも分からぬ”彷徨える旅”に出ようと言うのだ。
 
 そして全ての行動が、この目的に向かって始動を開始したのである。
 地球西暦1965年半ばのことであった。
 
 この結論に全面的に賛成とは行かぬ者達もいた。
 彼らの考えは”q粒子の防護壁をつくるべし”であった。
 この説自体は正論であった。が、可能か否かは脱出説と同様に不明であった。

(4)

 時は流れてゆく。
 非常事態に備えての複数エキスパート制の中で進められて行く。
 結論が具体的化されて行く。
 
 脱出の行程は、サドンの引力圏およびバル(サドンの太陽)惑星(プラネット)圏を脱出し、次いでM61銀河(ギャラクシー)圏を脱出することであるから、これらをクリアする技術と装置・装備が必要である。
 それらは途方もない問題をはらんでいた。
 よしんば脱出出来たとしてもその先は保障されていないのだ。
 ”完全なるアドベンチャーを保障する”試みとなるのだ。

 宇宙を航行するための徹底的なエネルギー対策が検討される。
 同様に食料対策が、そして心の対策が安全対策と共に検討される。
 
 それは”彷徨える(さまよえる)宇宙人対策”であった。
 
 脱出に採用された大まかな具体策は以下のごときである。
 
 1.サドン軌道上に脱出基地を組み立てる。
 2.脱出基地で宇宙船を組み立てる。
 3.サドンを脱出する。

 サドン赤道を回る静止円軌道を目指し、部品・材料・燃料・食料等が次々と打ち上げられる。
 同様に、人間を静止円軌道に乗せるためのピストンロケットと、小形居留衛星が造られてゆく。
 
 もはや、中心となっている大多数の人間(サドン人)は、q粒子パニック中の世代あるいはパニック後(地球西暦1964年以後)世代であった。
 彼らの中には、胎児の時に、あるいは生誕後間もなく、q粒子を受けた者も少なからず居た。知的q被爆者である。

 知的q被爆者は優れた頭脳を持つ者が多かった。
 頭脳組織の初期成長段階で経験したq粒子過が、知能組織を変えたのであろうか。この脱出計画に大きく寄与していった。
 前にも記したが、q粒子を受けた退化人はDNAにも変化を来たしていた。しかしながら、異種になるほどの変化ではなかった。
 
 脳の未発達時にそれを受けた知的q被爆者(略称:IQH)も同様であった。結果として彼らに対して、q粒子はプラスな影響をしていた。

 (5)

 脱出基地が建造される。
 未知へ向かう宇宙船が組み立てられる。
 
 そして最初の一機に出発の時が来た。
 乗組員は男女12人づつの24人。
 船体の推進力として、メインおよび複数の補助エンジンとして特殊なイオンエンジンが採用された。
 
 さらに特殊な配線が宇宙船全体を被っていた。
 それは、まだ未完成であったが、超4Dタイムコントロールシステムであった。
 超4Dタイムコントロールシステムとはタイムとラベルを可能にする装置のことである。
 つまりこの宇宙船はタイムマシンをも目的として創造されていた。
 IQHの頭脳がもたらしたマシンであった。
 その完成度が試されるのは暗黒の宇宙空間に出てからであった。
 タイムとラベルには、暗黒空間がもっとも容易であるとの論理であった。
 
 暗黒空間自体が不明の空間ではあったが。

 そして、最初の一機は飛び立った。
 バルのプラネットの間を通過し、バルの引力圏をぬける。
 卵型銀河空間へ静かに躍り出てゆく。
 サドンとの通信は次第に遠のき、後方に置かれてゆく。
 
 目的の第一番目はこの卵型ギャラクシーを離れることにあり、q粒子の被害から逃れることにある。
 そして第二番目で、最終的な目標は安全な惑星を発見し、そこに住着くことであった。
 その過程が如何に永くとも。
 
 彷徨える、サドン系宇宙人のスタートであった。
 

彷徨える宇宙人・・サドン編・・ (完)