過去からの衝撃・Nue(ぬえ)
頼政が驚嘆した生物

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(1)

 丑の刻(午前二時頃)、東三条の鬱蒼とした森のあたりから、御殿の上へ黒雲がたなびき、寝室で天皇が苦しみだした。
 一声、また一声、怪しげな鳴き声が、響きわたる。その声は鵺(ぬえ:トラツグミ)に似て、魔物は”ぬえ”と呼称されていた。
 言いようの無い不快感が、源頼政の周辺に漂う。
 「南無八幡大菩薩!」念じつつ、鳴き声の中心に向って、頼政は弓を引いた。
 上空暗黒の闇の中で、頼政は円輪が光ったのを見た。矢を放つ。
 矢は光輪の真ん中で止まった。光は消える。ふっと、不快感も消えた。
 恐ろしい声があがり、矢を受けた黒い塊が庭に落ちてきた。落ちてなお、もがいていた。
 源頼政の従者、猪の早太は抜き放っていた刀で、無我夢中でとどめを刺した。刃を突き立てること九度、黒い塊は動かなくなった。
 火明かりで照らしてみると、その黒い塊は血にまみれて、怪奇な姿を横たえていた。
 顔は猿であり、尾は先端で口を開けて、蛇の姿である。
 四肢は鋭いかぎ爪を伴なって、がっしりと逞しい。虎の四肢を想わせる。
 胴体は茶色、巨きな狸を連想させた。
 

 頼政は、その異様さに驚いた。刀を突き立てたまま、早太も息をのんでいる。
 時は仁平(1151〜54)・近衛天皇の頃、今から八百五十年ばかりまえの出来事である。
 いかにも物の怪が巷に横行していた時代ではあったが、この姿は異常すぎる。
 頼政は、常識を汲み備えた武人であり歌人であった。とりわけて、現実主義者であった。
 妖怪の存在など、信じてはいなかった。
 この”ぬえ”の姿は、彼の常識ではあり得ぬものであった。いにしえであっても、人の判断常識は現在人とそれほどの変化は無い。
 射止め、その存在をまのあたりにしても、それが妖怪であるという、思いは湧かなかった。
 彼は、あり得ざる現実に驚いたのである。
 「このような生き物がいたとは!」 頼政は声に出して表現した。
 「まさしく、奇妙で奇怪な、けだものです!」 猪の早太も、緊張で刀を握りしめたまま、凝視状態で声だかに応える。
 暗黒の上空から、怪奇な生物が落ちてきたのである。
 ”一瞬、光った円輪は何だったのか?” 頼政の脳裏に焼きついて、消えない謎として残る。
 
 そうこうする内に、幾人もの要人が集まる。
 ”ぬえ”の姿に驚くと同時に頼政の手腕に賛辞を与える。
 
 源頼政、四十歳台後半から五十歳直前に起こった事件である。
 武人頼政にとっては意にそむく役であった。彼は妖怪の存在などを信じてはいなかった。朝廷に刃向かう敵と闘うならまだしも、”病弱気弱な天皇が怯える魔物を退治せよ”などとの命令は不満であった。
 頼政は清和源氏の一族であり、伝説的な英雄、源頼光を先祖とする摂津多田源氏の系統である。頼光には数々の妖怪退治伝説がある。大江山の鬼・怪盗鬼童丸。土蜘蛛等である。
 また、鵺を退散させた故事として、頼光の弟・頼信の系統であり、八幡太郎と呼ばれた、源義家の逸話もあった。義家は弓の弦を三度鳴らし、大音声で武勇高い自分の名を名のって、鵺を退散させた。
 弓の名人である頼政が妖怪”ぬえ”退治を命じられたのは、それなりの理由と背景があったのだ。
 
 結果、鵺から開放され、近衛天皇は喜び、剣”獅子王”を頼政に与えた。
 取次ぎ役、左大臣藤原頼長は「真夜中にホトトギスが声高く鳴き声をあげるように、そなたはこの宮中で名をあげた」 と褒めた。
 しかし頼政は「弓張り月の射るにまかせて」 と、「弓を射ただけで、偶然当たっただけです] と答えたのである。
 控えめな表現が彼の持ち味であった。
 
 久寿2年(1155)兵庫頭となった(52歳)。
 保元元年(1156)保元の乱。後白河天皇方に味方して勝利した。この乱では源平共に、敵味方に別れて戦った。
 やがて従五位(殿上人:昇殿許可人)となった彼は、平治の乱(1159)においては平清盛に味方した、源氏方で唯一、源義朝に弓を向けたのである。
 清盛の信頼を得た。
 
 仁安元年(1166)正五位下に叙任。仁安2年(1167)従四位下に叙任。仁安3年(1168)従四位上に叙任。嘉応2年(1170)右京権大夫に任官。承安元年(1171)正四位下に叙任。治承2年(1178)、清盛の推薦もあり、従三位(公卿の中納言:大臣に次ぐ地位))に叙任した(75歳)。
 すぐれた歌人として、宮廷にも、人間的な尊敬を得たのである。
 
 衰退する源氏方にあって、唯一安泰を保った彼を”平家の犬”とそしる輩もいた。
 彼の気質は柔軟、歌人としても勝れた素養を持ち、年老いてなお、柔軟で強い体力を有する、武人であった。
 ”平家に在らざる者は人に有らず” この時代にあって、彼自身は源氏であった。
 自分の生き方に迷わざるをえなかった。
 当然、平氏優遇の平家の世に、不満を抱かざるを得なかった。
 不遇におかれた源氏一族の声が彼の胸中を攻めていた。
 
 そんなときに、彼の前に現れていたのが、以仁王(もちひとおう)である。
 彼は後白河法皇の第2皇子であったが、母の生家の格が劣るために、親王(しんのう:天皇継承権のある皇子)になれない身分だった。・・兄は二条天皇になり、弟は高倉天皇になっている・・親王になれない皇子を、王と呼称する。
 歌集十巻を編纂したと言われる後白河院の子、以仁王は才能を受け継ぎ、幼少のころより学問・詩歌などに秀でていた。
 皇子になれぬことからか、反骨心も強い若者でもあった。
 同じく、学問・詩歌に優れた武人であり、源氏の立場であった頼政とは、世代を越えて(年齢差47歳)、自然に親交が深まっていたのである。
 頼政は、平家の世で安穏としている自分を恥じて、治承3年(1179)出家した。
 
 平家が人心から離れてゆくのを、常に目の当たりに見ていた二人は、平家打倒を企てたのである。
 そんなとき、治承4年(1180)2月に清盛は、自分の娘徳子(高倉天皇の中宮)が生んだ、まだ二歳の第一皇子、子言仁(ことひと)親王を即位させた(安徳天皇となる)。
 平家の地盤を磐石にしようとするくわだてであって、見え見えの行為でもあった。
 
 まだ二十歳の弟、高倉天皇を退位させられた以仁王は、清盛の横暴に怒り、ついに行動を起こしたのである。
 治承4年(1180)4月、以仁王は、頼政と謀り、自らを最勝王と称して、平家追討の令旨(りょうじ)を全国の源氏に向けて発した。挙兵を促したのである。
 比叡山・三井寺・興福寺もこれに呼応した。
 だが、すぐに平家方に露見。体制未整備のままに、頼政軍は必死に戦ったが(宇治川の合戦)、平家の大軍のまえに破れた(頼政軍一千余騎、平家軍二万八千余騎)。
 このとき頼政は重傷を負い平等院で自害(77歳)、以仁王も南都興福寺をめざして逃走を試みるも、やはり同じ平等院で、流れ矢に当たって戦死した(30歳)。

 しかし、この令旨を受けて、木曾義仲・源頼朝が挙兵し、やがて平家を滅ぼすことになるのである。
 源平合戦の発端をつくったのが、このときの以仁王と源頼政の企てであり、歴史上大きな意味をもっている。
 

(2)

 話は再び鵺退治に戻る。
 
 頼政が近衛天皇在位の仁平に、鵺を退治してのち、およそ十年がたった応保(1161〜1162)に、ときの二条天皇が、またもや鵺に夜な夜な悩まされだした。
 再び、彼が呼び出された。
 彼はすでに従五位上に叙任していて、もうすぐ60歳に手が届く歳であった。
 が、今度は前回同様の不満は抱かなかった。
 
 彼の脳裏には、十年前の光景がよみがえった。
 奇怪な生物”ぬえ”の姿や、暗黒の上空で射止めた瞬間が生々しく浮かび上がった。
 ”あの光の輪は何だったんだろう?”
 ”あの光輪の中の暗黒に鵺がいた。何かがある” 彼の好奇心が恐怖や不満を消したのである。

 頼政は、使い慣れた弓と、数本の矢を携えた。
 とりわけ、そのうちの二本に重きをおいた。
 うち一本は先端に大鏑(おおかぶら)を付けたもの、もう一本は先鋭のもので、いずれもわざものであった。
 鏑矢とは、唸りを発してとぶ矢、別名で鳴り矢とも呼ぶ。
 今度も、猪の早太を従えた。彼とは友とも言うべきほどの、信頼で結ばれた付き人である。
 
 前回、鵺は丑の刻頃になって出現した。
 だが今回は夕刻から出現している。夜間に入れば、すぐさま現れるかもしれない。もちろん、現れない可能性もあるが、常に磐石の体制・心境で挑んでいなければならぬ。
 五月闇、今で言う六月、ホタルの飛び交う季節であった。
 最初の日。
 二人は普段どうり、午の刻(正午)に食事をすませた。
 今一度、服装弓矢武具等を確かめたあと、夕闇が迫る一刻ばかり前に現場に着いた。
 庭木の陰に身を潜め、そしてひたすらに、夕刻の近づきを待った。
 日中は晴天であった。普通であれば黒雲は無い。
 平屋、寝殿の屋根と、その上空がよく見える位置である。
 猪の早太は青年期を過ぎていた、手足を動かし、頭部を回し、体をよじる。緊張をほぐしているのである。
 彼は呼び名のとおりの体形である。筋骨が盛り上がり、武骨だが走るのが速い。
 ”鵺”への”とどめ”こそが自らの役目と認識していた。
 ”鵺”は強敵であった。
 もちろん、頼政も大刀を持していた。
 そこここに、舎人もひかえている。

 酉の刻(午後六時)を過ぎた。太陽は西の山なみの上に浮かび、まだ明るい。
 さらに半時(約一時間)余りが経過する。太陽が西山に沈みはじめ、たそがれが始まる。
 徐々に沈むゆく太陽が、ついには沈みきったとき、明るさの残る空へ、早くも東三条の森方向から黒雲が舞い上がってきた。
 黒雲は渦を巻いて、御殿の上空をとり巻き、低く垂れ込めてきた。
 低く低く、寝殿の屋根に近づく。
 普通なら現れる、無数のホタルの光も今は無い。蛙の声や虫の音も止んでいる。
 奇妙な静けさ迫ってきた。
 
 火明かりの少ない庭は暗い。
 頼政主従も、暗黒に支配されていた。
 頼政は寝殿の上空に向って弓矢をかまえた。大鏑矢であった。
 連射体制でもう一本、これは鵺を射抜く鋭い矢であった。

 弓矢をかまえて、鵺を待った。
 同時に、あの”光輪”を待っていた。
 大鏑矢を、あの”光輪の中に射ち込む”。
 ”鵺は二射目で撃ち取る” これが彼の意図であった。
 彼は十年前、光の輪の中に、不思議な何かを感じたのであった。
 
 黒雲が寝殿の屋根の上部にかかったとき、弓を引く頼政の腕にぐっと力が入った。あの言いようの無い不快感が彼を襲ったのである。
 そして次の瞬間、屋根上部の黒雲の中に、あの光輪が現れた。
 頼政が鋭く、動く。
 大鏑矢が放たれた。唸りを発しつつ鏑矢は光輪の内側の縁(へり)ぎりぎりに内部へ消える。同時に矢の唸り音も消える。
 間髪を入れず、光輪の真ん中へ二本目の矢が連射された。突如として黒雲の中で雷鳴が轟く。
 
 前回と全く同じ、二本目の矢は、光輪の真ん中で止まった。
 恐ろしい鳴き声があがった。
 雷鳴と光輪は消え去り、不快感も消えていった。
 屋根瓦にバウンドして、二人にほど近い、火明かりの中へ落ちてきたのはあの怪物であった。
 すばやく怪物につめよる二人。
 怪物の顔面・額の中心には深々と矢が突き刺さっている。ぴくぴくと痙攣を繰り返す四肢は、すでに断末魔の様相を呈している。
 だが、尾の蛇は鎌首を上げて、激しく二人を威喝する。
 その首を、無言で早太がなぎ払った。

 (3)

 西暦3003年四月一日、オリュンポス・ミュージアム。
 
 この日、ミュージアムの所長ゼウスは、散歩がてらに館内の一部を見回っていた。
 
 広大な敷地である。天気もよく、行楽の客も多い。
 このミュージアムのメインテーマとなっている展示は”バイオ”である。
 館内は大まかに、研究部門と展示部門に分れている。
 行楽客は展示部門のみに入場可能であった。
 展示部門は植物園と動物園からなり、中間に両者の共存部門が設置されている。
 展示生物等の全てはバイオ技術によって、人工的に創造及び再生されたものであった。
 絶滅した生物種の再生も研究部門の重要な仕事である。
 過っては大自然の変化に対応出来ず絶滅した生物種や人類によって滅ぼされた多くの生物種がよみがえった。
 
 多くの恐竜が人気を集めていた。
 
 20世紀末より始まったバイオ研究は、21世紀に急速に進展し、自然界には無かった新生物を次々と生み出していったのであった。
 その中心となったのは、遺伝子操作と幹細胞操作研究技術の進展にあった。
 法を含む、多くの難関をクリアしながら年月を推して、進歩していった。

 ゼウスは新動物の展示園を過ぎ、所員専用扉を抜けて研究部門の中庭に入った。
 研究部門では、バイオ以外にも幾つかのテーマが採り上げられていた。
 その一つ、”超三次元界”研究をテーマにした棟がその中庭に面して建っている。
 三次元界というのは我々の住んでいる空間である。
 超三次元界とは、三次元空間を超えた世界である。
 
 超三次元の一つは時間である。
 時間を操作することは超三次元研究の一つのテーマである。
 もう一つは異次元空間を探ることである。
 裏空間・ネガ空間・その他の超三次元空間が研究の対象である。
 各空間をつなぐ通路の探索も重要なテーマであった。

 超三次元界研究の成果も、バイオ研究に劣らず、上がっていた。
 この時代、すでに過去の時代への通路(bfロード)はつくり上げていたのである。
 この通路を通ることは、一部の研究者を除いて、まだ禁じられていた。その一部の研究者もはるか遠い過去にゆく事にのみ、厳しい条件付で認められていたにすぎなかった。現状主たる用途は過去を覗き観察することであった。過去の歴史を、より正確に認識することにあった。
 
 ゼウスが散歩にこの辺りを選んだのには理由があった。
 このところ新動物が失踪する事件が増えていたのである。
 彼らは鍵の掛かった檻から、ある日突然姿を消したのであった。
 こんな場合もあった。担当職員が深夜に新動物の失踪に気づいた。見た目にも、監視カメラからも完全に姿を消したのである。しかし翌朝までに戻ってきていたのである。新動物はキマイラ形のムーホ(mf4)であった。これを数回繰り返したのち、彼はついに戻らなくなった。
 ムーホは人気があった。恐ろしげな姿と、それに不似合いな愛嬌が観客を惹きつけたのである。観客の要望を汲んでムーホは再度造り上げられた。ムーホ2号として。
 その2号がまた姿を消しだしたのである。姿を消した1号と同じ行動をとりだしたのだった。
 
 ゼウスは超三次元研究棟の新動物展示園ムーホ檻に、最も近い一室に入った。
 「とりあえず、夕刻まで、ここで待たしてもらうよ」 この棟の責任者、プロメテスにゼウスは言う。
 

(4)

 「実は」 飲み物を進めながらプロメテス。
 「昨今、日本の平安時代を覗いていますが、ムーホ1号はこの時代へ落ちたことが判りました。彼はもう殺されています。”ぬえ”と呼称され、怪物として扱われていました。日本の歴史説話にも記されていました」
 「ムーホを檻から出したのか?」 と、ゼウス。
 「いいえ」 とプロメテス。
 「なぜbfロードに入ったんだ?」 「それが解らないんです。ただし」
 「なに?」 「説話では、”ぬえ”はさらにもう一度、この時代に現れ、討ち取られているんです」 
 「それがムーホ2号と言うのだな」 「そうだと思います」 
 「そうだとすれば、2号を監視追跡しなければならないが体制は出来ているのか?」 「はい、本日以後は、bfロードを開ける際は必ず2号の方も監視することにしました」
 「私も、その監視に加わろう」 と、ゼウス。
 「bfロードのある歴史観察室は隣りです。装置が立ち上がり、ロードが開くまでは、まだ少し間がありますが、ご案内しましょう」
 「うん、ムーホ2号の監視はどうなっているんだ?」 
 「檻で二人の所員が監視しています。また、歴史観察室からも、TMS(チューブ・ミラー・スコープ)を透して大画面で観ることも可能です」
 「TMSが直接つながっているのか?」 「はい」
 TMSとは光の全反射を利用して、隔絶した場所の物を観る装置のことである。光ファイバーの一種である。

 過去を覗く装置(PLE:Pust Look Equipment)は、”k素光子”にある種の振動を与える装置でもある。
 k素光子とは光元素の素粒子の一種で、時をつかさどるファクターである。
 光から、k素光子を分離し、そこにある種の振動を与えることによって、過去の一部がその装置に出現するのである。
 振幅・波長・k素光子の濃度等、その他様々な要因を組み合わせることにより、過去の時代や地域を特定し得る。

 「ロードがまもなく開きます」 防護服を着た操作担当員Aがプロメテスに告げる。
 装置稼動時は、光素子からの防護服が必要である。ゼウスもプロメテスも防護服を着ている。
 「時代と場所は合わせてあるね?」 プロメテス。
 「ハイ、日本の平安時代・応保年間、京都平安京です。焦点の中心は二条天皇の寝殿です」 Aが答える。

  「私に覗かせてくれ」 そう言って、ゼウスは円い眺望鏡の前に立った。
 今まさに、円形の眺望鏡画面からは、濃いグレイのしじまが薄れ、明るい映像が現れようとしている。
 「ズームアップ!」 ゼウスが命じる。
 眺望はクリアとなり、整然と碁盤目状に仕切られた平安京の眺望が、中心にある天皇の寝殿にズームアップされてゆく。
 「ここは晴天のはずだったね?」 と、ゼウスが聞く。
 「そうです。黒雲ですか?」 Aが返答する。
 「そうだ、東の森から寝殿にかけて黒雲がかかっているぞ」 と、ゼウス。
 「よくわからないんですが、最近また現れ始めました」 Aが答える。
 「これじゃ良く見えない、もっとズームアップしてくれ。もっと!もっと!」 Aはズームを続ける。
 同時にプロメテスが大きく声を発した。
 「TMSが、画面が真っ暗になった!・・・ムーホがいない!」 彼はムーホ2号をTMSで見張っていたのだ。
 「なに!今、ここを黒い影が走ったぞ!一瞬だ!」 ゼウスも間髪をあけずに言った。
 
 「逃げたんだ!」 
 ゼウスは眺望鏡を覗き込んだ。
 その瞬間である。
 激しい衝撃が彼に来た。
 「ウガッ!ウワアーアー!」 ゼウスが顔面を両手でおおい、仰向けに倒れこんだ。指の間から真っ赤な血が噴出している。
 顔面に矢が刺さっていた。
 鏑矢の両先がゼウスの両眼を破り、鼻梁をへし折り、突き立っていた。のたうつゼウス。
 「何故だ!」 Aが、うろたえる。
 「過去からの衝撃だ!」 プロメテスが叫んだ。「医療班を呼べ!」

(5)

 ゼウスは病棟で治療される。
 プロメテスの責任は重大である。
 過失とはいえども、過去へ人間以外の生物を放ってしまったのだ。
 さらに、たった一本の矢ではあったが、過去からの侵入を許したのである。
 その過去からの矢は、このミュージアム最大の権力者であるゼウスの両眼を射抜き、鼻梁をへし折り、激しく昏倒させた。彼の損傷は脳にも及んでいるであろう。
 ゼウスは幹細胞治療を受けることになろう。長期間の療養が必要である。

 プロメテスの指揮のもと、徹底的な事故原因の究明がなされた。
 究明するための幾つもの実験が行われた。
 究明結果がまとめられる。
 
 PLE(過去を覗く装置)から多量のk素光子が、眺望鏡画面を通して流出し、ムーホを見張るTMS(チューブ・ミラー・スコープ)へ流れていた。
 束となったk素光子流が細いTMSを通じて濃度アップし、檻内のムーホに照射されたのである。
 防護服を着ていないムーホは、照準を合わされた過去の時代と場所へ異次元霧となって吸引されて行ったのだ。
 過去の大気の中で、彼は再生する。
 k素光子波の中から、完全に過去の時代へ脱却したのは、これで二度目であった。
 ムーホは何度も檻から脱出し、天皇の寝殿上まで到達した。しかし、頼政の矢に当たるまでは、k素光子波から脱出することはなかった。
 PLE稼動停止と共に、ムーホは檻へ逆戻りし、異次元霧から元の姿に再生する。
 
 過去(平安時代)において彼は怪物であり、魔物であった。
 姿がそうであった。
 素光子の振動波がこの時代の生物に不快であった。
 PLEから漏れ出たk素光子流が、黒雲を発生させて、この時代の人々を不安にした。

 究明結果に基づいて、対策がなされた。
 @PLEからのk素光子の漏れを少なくする。Aムーホを見張るTMSを取り外す。B過去からの侵入を防ぐためのバリヤーを設置する。
 等、であった。
 このうち、Aは簡単である。
 そして、@とBにも対策可能であるとの判定がなされた。
 
 この段階でプロメテスは責任をとって辞意を表明した。超三次元研究棟の責任者を辞任したのである。
 
 そして、超三次元世界(UTW)へのタイムトラベラー部門に転向した。過去の世界への探検を希望したのである。
 人類の歴史上、その痕跡の確認が困難な、非常に古い時代への侵入のみが条件付で認められていたのである。
 彼、プロメテスは、そこに強い興味を抱いていたのだ。

 ゼウスはまだ療養中であった。

                             〜2005.02.18 {(過去からの衝撃・Nue(ぬえ) 完}
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