かがみ山

 むかしむかし、大人(おおひと)が南の海から北の海に到った。大人(おおひと)はあまりにも大きな巨人であったので、空が低く感じられた。彼は常に屈まって歩いていた。しかし、播州平野の奥、託賀の郡(たかのごうり)に到り、この地の空が高かったので、ようやく背を伸ばして歩けるようになった。
 しかし、屈んで歩く癖がついていたため、この地を越える途中で、一時屈んで休息をとった。そこが”かがみ山”である。

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 冬枯れの日の朝、この山に向った。
 著明な山ではない。
 この”かがみ山”という山名も偶然に、ある地元の老人から聞いたものである。
 この山は奥まった場所にあり、近年は地元の人も誰一人行かないほどの、地味な冴えない山だと言う。
 ただ、こう言う伝説があるのだと、老人は言った。老人は無くなった祖母から伝え聞いたことがあったのだ。それは、誰も真摯に聞かない消え行く伝説なのである。

 その疎らな集落の空き地に駐車し、老人から聞いていた山道に入る。
 山道入口に「まむしに注意」札がある。これでは、気候の温暖な、好い季節に、人は入らない。
 谷川沿いの道である。草は枯れ、落葉が山道を埋めている。渓流は自然のままで、小規模だが美しい。ところどころに淀みもあり、その水辺まで道跡がある。
 この山道は、先ず峠を越えて下る。次いで奥の谷に達し、その谷沿いに上る。
 やがて谷から離れ、かがみ山につながる尾根へと達する。尾根は幾つものピークを越え且つ、分岐を繰り返して、やがて、かがみ山に到達するのだ。
 主尾根から離れた位置にあり、それほどの高さもない、目立たぬやまである。

 山道は、昔、よく踏み固められた形跡が強く、荒れてはいるが、明確に続いている。
 奥の谷との出合は広く、水も豊富で、くつろぎを呼び起こす場でもあった。
 なにも、あくせくする場合でもない。
 こんな場所では休息するに限る。私は谷の川原に座った。周囲は山、山に囲まれ、木に囲まれた川原であった。腰をおろし、眼を閉じる。
 春でもないのに鳥が飛び、さえずりもある。
 谷を流れる水音が、遠く近く、様々な音色を醸し出している。
 斜面に、枯れて萎びたクサソテツが多く張りついている。コゴミの季節にはまだ早い。
 
 体の冷えと共に身を起こす。休息は終わる。
 思いきり背伸びをし、ザックを背負う。

 地元の人の往来も此処までか、奥の谷の登りはさらに荒れている。
 谷沿いに道の痕跡を追って上り行く。
 突然、強い風が吹いてきた。
 見上げれば、そこは、稜であった。
 岩稜に風が舞っている。
 幾つもの突出した岩がある。
 風が、岩の間を吹き抜けて、奇妙な音を出している。
 ゴー、ゴーと私の耳に聞こえてくる。
 
 ”かがみ山”への尾根を行く。
 地図上で、老人から教わった場所に近づいてゆく。岩が尾根上に多く目立ってきた。
 岩ばかりではない、いつの間にか、辺りの雰囲気が変わってきている。
 なんだか暖かい、いや、歩き続けてきた私には、熱い!、汗が額に浮かんでいる。
 「変だなあ」 思わず言葉がでる。
 ここは、草が青々と生えているのだ。
 木々も緑が多い。
 落葉樹コナラの枝にも緑葉が満ちている。
 
 岩の多い尾根は見晴らしの良い場所でもある。
 少し離れた風景には、コナラの幹と枝だけの薄褐色の落葉林もある。播州の冬山の自然そのままである。

 「この辺が、かがみ山のはずだ・・」 一段と岩の多いピークに達して、私は独り語ちた。
 露出岩も多いが、それらの合い間に草木も多い。分厚い枯れ葉と枯れ草が岩を被う。
 どこか近くで、風の舞っている音がする。
 平坦な頂上、ここに風はほとんどなく、草木にも動きはない。
 様々な大きさと形の岩がある。中央にあるのは、平坦な背の低い岩である。
 緑葉のコナラの陰で、その枯れ葉が上表面を被っている。
 そこに腰を下ろす。枯れ葉の絨毯が、心なしか、さらに暖かい。
 リュックを下ろし、汗を拭う。
 近くで、風がリズムを刻んで、僅かに涼しい感がある。
 休息が快い。
 季節は冬であるが、寒くない。
 平坦な岩、枯れ葉の暖かい絨毯、大の字になって寝転ぶ。
 雲のある青空、雲が変形しつつ、流れて行く。雲の白い輝きと空の青は眩しい。目は自然に閉じられる。
 
 一瞬であるが、眠ったようだ。寝覚めの脳裏に声が聞こえる。

 「あつい・・、あつい・・」
 「うん、だれかな?」 身を起こし、不完全な寝覚めから離れる。周囲をを見回すが、元より誰もいない。風がリズムを刻んでいるが、涼しさはない。
 衣服についた、枯れ葉を落とす。
 岩のベッドの枯れ葉のシーツが乱れている。寝返りも何度かした様だ。
 ところどころに、岩の肌がむき出している。
 
 その岩肌が、直に日光を受けて、チラチラと輝いた。
 輝く岩肌の上、枯れ葉を払い、腐葉土となった土も落とす。数箇所を試みる。
 「鏡岩だ!」 と、独り言。
 どうやら、チラチラした輝きはこの岩全体におよんでいるらしい。
 播州や丹波には、これと同様の岩を祀っている神社もある。石英質で雲母などを含んでいるらしい。
 加西市の”ゆるぎ岩”に近い神社や春日町黒井の兵主神社などである。
 「かがみ山は、鏡岩の山でもあるのか?」 独り言がつづく。
 岩についた枯れ葉と腐葉土を落とし、もっと、この岩の全容を見たくなった。時刻はまだ午前11時ごろであった。
 手頃な枯れ枝を利用し、大まかに払い落とす。持参したタオルも使う。
 しだいに全容が現れる。ところどころに凹凸があるが、全体はほぼ方形である。
 
 「きれいな岩だ!」 と、独り言。しかし、返事があった。
 「そのとおり」 あたりを見回し、驚く私に、同じ声が二度三度、告げる。先ほどからの、風のリズムが、声に変わっているのだ。
 「君は、この鏡岩か?」
 「そのとおり・・。おかげで涼しくなったよ・・」 
 「君は生き物?」 
 「そんな概念はない」 
 「なんか分からんが、君はしゃべっている。コンピューター?」 私も冷静ではない!
 「生物は、生まれ育ち、成長し、老化し、死ぬ。私はその概念から外れている。もちろんコンピューターではない」 鏡岩は刻むように喋る。
 「暑さや涼しさを感じ、声を出せ、論理的な思考力がある。それは生物だ」 
 「そのとおり、私は生物だ。しかし、あなた方の定義している生物ではない」 
 「君は、自分に付着した、枯れ葉も落とせない。君は動物でないし、君の姿はどう見ても、植物でもない、君は無機物で出来た岩石に思える」 
 「私の体は、無機物質の岩石だ。岩石は生物でない、との定義は、人間の無知さの証明でもある」 
 
 「君以外の岩石も、喋るのか?」 対話の流れの中で、私が聞く。
 「聞いたことはない」 岩はこたえる。
 「君を取り巻く他の岩にも、温感や思考能力があるのか?」 
 「知らない」 この鏡岩は孤独らしい。
 「私の思考回路や感覚が、無機質の岩石であって、もなんら不思議はない。それはあなたにも理解できるでしょう?」 鏡岩。
 
 「コンピューターの回路は半導体、無機質だが」 答えて、それにしても。と、私は思った。”自然にしては、あまりにも出来すぎている” のだ。
 「君は、いったい、何者なのだ?」 核心が知りたい。

 「わからない」 鏡岩は、事もなげに答える。「わかっていることもあるが」 
 「なにを?」 
 「記憶が持続しないことだ」 と。

 今は真冬である。
 低山とは言え、山頂、晴れていても、本来ならば寒いはずである。だが、ここは暖かい。
 私は、鏡岩の答えに、肩すかしをくい、急に空虚な感になっていた。と、同時に空腹におそわれてきた。
 「昼だな。ここで弁当を食わしてもらうよ」 
 「いいよ」 
 鏡岩の上が格好の場所だったが、遠慮して、その横に座り込み、弁当をひろげた。回りを山に囲まれている。ここは山中の山である。ここで昔、大人(、おおひと)が、南の海から北の海に向う途中に休憩した。”屈(かが)んだ”だけでなく、おそらくは座って休憩した(?)のであろう。
 その、かがみ山である。
 ”なんでこんな物語がのこったのかな? この鏡岩が関係しているのか?” 

 テルモス(携帯用魔法瓶)の温かいお茶を飲み、妻手造りの塩味のきいたにぎりめしを食う。また、お茶を飲む。
 傾斜のある場所、大小の岩の欠けら、間隙を埋める落葉と、くだけた枯れ葉と、腐葉土。テルモスの安定を保つために、鏡岩の窪みにもたれさす。
 お茶入りのテルモスのキャップを、平な岩のかけらに置く。横には球状の石もある。
 ”もしかして!” と思う。球状の石を磨いてみる。
 鏡石であった。
 平らな岩のかけらも磨く。これも鏡質である。
 
 「君は壊れているのか?」 
 「なに!。そうかもしれんな?」 刻むような声が、やや感情的に聞こえる。
 「ちょっと。私が調べるよ。食べ終わったら」 
 「興味しんしんだよ」 声は冷静。
 
 岩のかけらや球石が鏡岩の凹凸に合致するかも知れぬ。
 それが如何なる事なのか、何か意味を持つのか、わけも分からず、心が動く。
 食事を終え、なぜか、ザックのパッキングも終える。
 
 「君の片割れらしきものがある。もっとあるかも知れん。捜すよ」 
 「そうか」 
 
 周辺の岩と石を擦る。屈み込み、時には拾い上げ、鏡岩を回る。


 「結局、最初に見つけた二つだけだったよ、球と平板だ。これらが君に合致するのか、調べるよ」 
 「うん、いいよ」 
 「ちょっと待って」 私は、二つの鏡石が落ちていた箇所に近い鏡岩の、側面凹凸をさぐった。
 平板な鏡石に合致する。平面の窪みがある。
 だが、周辺に球状の窪みはない。
 「この平板に合致しそうな凹面が君にある。もう少しきれいにしてから、取り付けてみる。・・・おっと、この奥にも窪みがある」 
 この凹面の中央に、土で埋まった円形があった。円形は土を取り除くにしたがい、奥が半球形の筒形として現れてきた。それは球鏡石に合致する穴であった。
 「あったよ! 球の入る穴が!」 
 「なんか、くすぐったくなってきたよ」 
 「はっはっは、そうかい。きれいに掃除をしたんで、球を入れ、フタをするよ」 
 
 私は、その二つの鏡石を鏡岩に付けた。
 まず球石が、筒にピッチリと収まった。
 ついで平板も、ピタリと一致した。
 否それ以上であった、それは凹部へ完全に同化して、境目すら消え去ったのであった。
 
 「おい、なんだい!これは?君はなんだ?」 私は意味のまとまらない言葉を発する。
 鏡石は無言。
 私は、一歩、二歩、ザックを握りしめ、後ずさり、そこで立ち止まる。鏡石を見つめる。
 ”逃げるべきだ!” 遅まきながらも、そんな思いも沸き起こる。 
 鏡岩は無言。
 無言のままで、変化している。
 方形の角(かど)も、まるくなり、さらに変形してゆく。

 「君は!生き物なのだ!・・!」 これも、意味をなさぬ言葉でもある。
 
 彼は変化し、人形(ひとがた)になった。速い変化である。鏡岩の肌が全身体を被い、頭部には、形だけ(?)のごとき目鼻口耳がある。
 身長は180cmぐらいである。
 彼は私の真正面に立った。鏡岩の肌が硬さを感じさせない動きである。
 形だけと思われた目が、私を見ている。
 
 形だけと思われた口が動いた。
 「驚かせて申しわけない。これは私の動物体」 風が刻むような声でなく、滑らかな人間同様の声である。
 「驚いた!。君はいったいなにものなんだ!」 こんな怪物に!対処するすべも思いつかぬままに、私は聞いた。
 「私は”おおひと”」 一呼吸おいて、彼は答えた。
 「大昔に、ここで屈んで休憩をとったと言われている、あの伝説の大人(おおひと)か?」 と、以外な表情で聞く。
 「そうだ」 
 「大人(おおひと)は、播州平野の空を低く感じるほどの巨人であったと伝え聞く、しかるに君は人間並みの大きさだ。とてもじゃないが君が”おおひと”とは思えない」 何かの謎を感じつつ、重ねて聞く。
 「私はこの地で、例えば”おおひと”呼ばれた。だが各地方で呼ばれ方がちがう。世界のいろんな地域で、いろんな名前で呼ばれた」 
 「世界?例えば?」 
 「特に有名なのを挙げよう。日本ではダイダラボッチ、ギリシャではアトラス」 
 「これは驚いた!しかし、両方とも大人(おおひと)に劣らず、どでかい巨人だ!だが君は小さい!」 
 
 ダイダラボッチとは、日本各地にある伝説の巨人である。関東地区では富士山を積み上げた巨人と言われる。
 ギリシャ神話のアトラスは、空を支えている巨人である。
 
 「君は記憶を取り戻したのか?」 
 「そうだ」 
 「あの球と平板が原因か?」 
 「そうだ」 
 「どうして、そうなったんだ?」 
 「休憩していたんだよ、鉱物体で。そうして、エネルギーを充填していたんだ。球と支えの平板は、その間、外すんだよ。充填が終われば、また戻すんだ。それまでは記憶も休憩、動物体も休憩さ」 
 「では、まだ充填は終わっていなかったのか?」
 「そうだ。だがもう十分だ。支障はない。君のおかげで、より速く動物体に復帰できた。ありがとう」 
 
 どうやら、悪い奴ではないらしい。
 鉱物体にもなれば、動物体にも変化する、この不思議な生物、巨大化することも十分可能であろう。
 
 「君は、この地域の山に残るアマンジャコ伝説とも関係があるのか?」 
 アマンジャコとは、笠形山から妙見山まで橋をかけようとした巨人である。笠形山には”アマンジャコの挽石””アマンジャコの力水”、妙見山には”アマンジャコのわすれ石”、千ヶ峰にはアマンジャコが積んだ”搭の石”等の呼称が残っている。
 「その記憶はない」
 「またか!」 私は笑った。”自分はアマンジャコでもある” とは、言ってくれないのだ。そういえば、アマンジャコのイメージは、ややずっこけている。
 
 「私はここに来て、かなりの時を経た。世界が、そして私の作品が、どうなっているのか、見て回りたい。君も、私につきあうか?」 笑った私にたいして、彼は軽く語る。
 「作品て?、つきあうかだって? どういう意味だ?」 
 「私の作品は多い。有名なのはピラミッド・ナスカの地上絵・イギリスのストーンヘッジ・イースター島のモアイ・中米マヤの水晶ドクロなどだ。それらの現状を、私と二人で見に行かないか?」 
 これらは世界の謎ばかりだである。
 「君は、巨大遺跡や巨石遺跡と関係がありそうだな。しかし、それらを見て回る君につきあうのはよすよ。私に、そんなバイタリテイはない」 
 「そうか。残念だな」 

 「それより、もう一度聞くが、君は何者なんだ?」 
 「何かと聞かれれば、答えに困る。君たちとは異なる存在である。君たちの常識や科学で理解出来難い存在である」 
 「岩石でもあれば動物でもあり、巨大化することも可能で、知能も優れている。というわけか?」 
 「そうだ、液体にも風体にもなれる」
 「君はどうやって生まれたんだ?」
 「気がついたら地球にいたんだ。それ以上のことは推測だ。推測は君がやってくれ。もう行くよ」 そう言うと、彼は急に大きくなりだした。
 私はあわてて止めた。
 「もう会えないのか?」
 「エネルギー充填に戻るときもあるかもね。先のことは分からないが、どこか静かな山の中で会えるかもね。とりあえず遊びに行くよ」 
 
 そう言うと、彼は風のように姿を消してしまった。
 
 風が出てきた。
 寒くなってきた。
 青い葉をつけたコナラがふるえだした。
 私には、周囲の冬景色が押しよせる波のように思えた。そこに、先ほどの風の刻む音はない。

                                    〜2005.06.16(完)